コラム

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「土用の丑の日」というと夏のイメージが強いと思いますが、実は1年のうちに数回あることをご存知ですか? 私の場合は、いつも秋冬の土用の丑にうなぎ料理をいただいています。定番は「ひつまぶし」に「白焼き」、そして「う巻き」。食欲の秋は箸がすすみます。

さて、うなぎ料理といえば 、「ひつまぶし」で有名な名古屋の老舗料亭「あつた蓬莱軒」さん。住宅建築を専門とするハウジングアイチですが、実は「あつた蓬莱軒」さんとは長いお付き合いをさせていただいています。その始まりは昭和の時代。雨漏りの修繕をご依頼いただいたことがきっかけでした。当時から老舗と呼ばれていた「あつた蓬莱軒」さんは、修繕を重ねながら、その由緒ある建物を守っていらっしゃいました。しかし、長らく原因が分からず、悩まされていた雨漏りがあったそうです。ご依頼を受けた先代は原因を突き止め、根本的に雨漏りを止めることができました。これを機に、技術を信頼し、何か困ったことがあればハウジングアイチに相談してくださるようになりました。

大切な建物の大改修を任せていただいたこと。夜を徹して作業をしたこと。いろいろな思い出がありますが、担当の大塚が取材を受けたという出来事も印象深いです。ハウジングアイチの奮闘の様子をきれいにまとめていただいたので、こちらもぜひご一読くださいね。


「技術は見て盗め」という考え方。どんな業界においても、たびたび耳にすることだと思います。私自身も手取り足取り教えてもらったわけではなく、自分なりに試行錯誤した経験によって、技術を習得してきました。だからでしょうか。「技術は言語化できないものなのだ」と思い込んでいました。

考えを改めるきっかけとなったのは、咬み犬を専門に預かる北栃木愛犬救命訓練所の訓練士・中村信哉先生との出会い。ご縁に恵まれ、「ペットと楽しく暮らす家DouTano」の建築家・大塚と私の2人で特別指導を受ける機会をいただきました。そこで体験した中村先生の指導は、目からウロコの連続。犬への指示の方法やリードの持ち方、立ち位置など、ひとつひとつの動作すべてを具体的に示してくださいました。それは長年の経験から習得した感覚や勘のような、言葉で説明しにくい曖昧な部分でさえも明確に言語化しているものでした。この経験は、私の考えが甘えであったことを突き付けるものでした。そして、人に技術を伝えるためには、指導者側としてもう一段階成長しなければならないとも痛感しました。自分が技術を習得しただけでは足りない。今持っている技術をもっと深く掘り下げ、追求したその先で、人に教える指導者としての技能を手することができるのだろうと思い至りました。

中村先生は今、自分の引退後、咬み犬に困る飼い主の行き場がなくなってしまうかもしれないと危機感を持ち、2人の弟子を育てています。単純な手順だけでなく、感覚的な部分までも明確に言葉にして伝えること。そうすれば、中村先生の技術そのものを手渡すことができます。これが意味するのは、技術習得の効率化。中村先生のレベルに到達するまでの時間を短縮し、そこに本人の経験が積み重なることで、その技術はさらに発展していくことでしょう。そして同時に、中村先生から弟子へ、そのまた弟子へと繋がっていくことで、咬み犬の矯正技術は徐々に世の中に広がっていくだろうと思います。

自分の技術のすべてを言語化して伝えることで、さらなる技術の発展と広がりが期待できる。その未来こそが私の目指すところでもあり、後を追って技術の継承に挑んでいきたいと思っています。


当社のスタッフとの会話で、睡眠について話をする機会がありました。彼女はまだ小さなお子さんがいて、家族3人ベッドを並べて眠っているそうです。特に夏はしっかりとエアコンを使うそうですが、問題は3人それぞれが快適だと感じるのが難しいということ。風が直接あたるのは良くないからと、お子さんはエアコンから一番遠い場所に、暑がりなご主人は一番近い場所にしているそうですが、距離によって風や温度の感じ方が変わるため、設定温度を下げてもお子さんは汗びっしょり、逆にご主人は寒いと感じることもあるそうです。快適な温度は当然それぞれ違いますが、大人は布団をかけることで対処しているとのこと。そんな話を聞いて思い出したのが、パネルエアコン「眠リッチ」でした。

「眠リッチ」は従来のエアコンとは異なり、風や音を感じにくく、部屋全体をムラなく快適な温度にできるという、独自の放射冷暖房システムだそうです。

私はと言うと、自宅のベッドルームにはエアコンをつけていません。エアコンの風が苦手だからです。代わりに、1階のエアコンの横に2階へ繋がる穴を開けて空気の通り道を作ったり、別のシステム(簡単にいうと温水を循環させる床暖房の原理と同じように、冷水を循環させるもの)を天井に付けていたり、ガイナという効果の高い断熱塗料を天井に塗っていたりと工夫をしています。今のところ問題なく過ごせていますが、、密かに注目していたものがありました。それが、「眠リッチ」。私が最も魅力だと感じていたのは、そのデザイン性です。宿泊体験会にも行ったことがありますが、いかにもエアコンという機械が剥き出しにならず、上手に隠せているなという印象でした。初めて見る方はエアコンだとは気が付かないでしょう。

機能的な面では、エアコンのように風のあたる部分が局所的に冷やされるというものではなく、天井に取り付けた1.6m×1.4mのパネルの真下の空気が冷え、そこから徐々に周囲の温度も下がるというもの。つまり、パネルの真下にベッドを置けば、冷たい風を感じることなく、均等に快適な温度を体感できるはず。彼女のような環境においては、非常に理にかなったものなのではないか。そんなことを考えていたら、いつの間にか「なら、眠リッチがとてもいいわよ」と口にしていました。


あなたは、どう感じますか?
競技場でのスポーツ観戦。大勢の人の熱気や、大きな歓声、鳴り響く楽器の音。
苦痛でしょうか? それとも、その一体感こそが醍醐味でしょうか?

「センサリールーム」とは、感覚が敏感であるがゆえに、大きな音や強い照明の光などが刺激となり、時には痛みと感じてしまうことで、競技場でのスポーツ観戦ができない人たちのために用意された、特別な部屋のことです。観客席の音が入りにくい静かな空間で、自分のペースでスポーツ観戦を楽しむことができるそうです。

サッカーの国際試合でセンサリールームが設置されたという内容のニュースでしたが、私がこのニュースを見た時にまず浮かんだのは、「そこじゃないよね」という少しネガティブな考えでした。スポーツ観戦という特別なことではなく、もっと日常の部分、例えば住宅でこそ先にやるべきことだと感じていました。

実際のところ、日常生活でもさまざまな場面でストレスを感じている人がいます。私がお施主様との打ち合わせの中で耳にしたことで言えば、換気扇の音や照明の明るさです。 奥様は気にならないが、ご主人はどうしても音が気になってしまう。奥様は明るすぎると感じているが、他の家族は暗いと感じている。このように、たとえ家族であっても、感じ方の度合いまでを理解することは難しい。

そう考えていくうちに、ニュースに取りあげられること、これ自体が大切なことだったんだと気がつきました。同じ事でも、楽しい、心地よいと感じる人もいれば、怖い、痛いと感じる人もいるということ。これを知っていれば、住まいを考える際にも自分の感覚を押し付けるのではなく、相手の感覚にまで思いを巡らせ、お互いの妥協点を見つけるための話し合いができます。痛みを感じるほどのつらさを抱えている人に、そうでない人が軽々しく「そのうち慣れるよ」なんて無理を強いてしまうこともなくなるでしょう。

感覚が過敏な人も、そうでない人も、みんなが過ごしやすくなる。その第一歩として、この話題がニュースで取りあげられたことは、とても意義のあることだと思いました。



 みなさま「あつた蓬莱軒」をご存知でしょうか。名古屋めしを代表する「うなぎのひつまぶし」を筆頭に、明治六年から続く、うなぎ料理で有名な老舗料理店です。こちらのお店と建築が結び付く方は少ないと思いますが、実はこうしたこだわりの名店だからこそ、専門的な技術を用いた調理環境が必要なのです。

 西尾市にあるハウジングアイチは、あつた蓬莱軒の大改修をした建築会社。おかかえ大工としての歴史は昭和にさかのぼります。ある日、あつた蓬莱軒本店からハウジングアイチに問い合わせがありました。それは、「焼き台が壊れてしまったので直してほしい」というものでした。

 同社で建築設計を行う大塚慎也さんは、様々な建築材料に精通する建築の専門家。「あつた蓬莱軒」の調理場を訪れてみると、骨組みが大きく曲がった焼き台がありました。「あつた蓬莱軒」ではおいしい鰻を焼くために炭火焼で調理をしています。味に直結する炭火の焼き台はある意味、お客様に見えている店内のイメージ以上にとても重要なものです。この焼き台、大変な高温になる上に、火加減の調整をするために木炭を叩き割るので、その打撃に耐える強度も必要です。

「店舗の休みのあいだに仕上げてほしい」という板長さんの要望もあり、今回はリフォームだけで直すという難題に挑戦しました。曲がった骨組みを残したまま、その骨組みを頼らずに耐火レンガを自立させるがごとく積み上げていきます。

 それは熱膨張を想定したり、耐火レンガの自重を考えつつパズルのように組み替えていく作業で、左官職人の細かい加工も伴って、新調するよりも難易度の高い挑戦でした。しかし、問題は焼き台に不可欠なロストルといわれる材料が入手困難な状態にあったことでした。これが無いと炭火の微調整ができず、味を守ることができない。そこで大塚さんは国内外のメーカーを探し商社に問い合わせしながら独自に調達したのです。無事に火力調整が可能な焼き台が完成し、明治六年から続く名店の味は守られることになったのです。

 担当した大塚さんは「焼き台を納入し始めた当初は大変な苦労があったと前任者から聞いています。あつた蓬莱軒さんほど、フル回転で鰻を焼いている焼き台はないでしょう。焼き台はかなり過酷な使用状況です。歴代の板長と二人三脚で試行錯誤しながら焼き台の技術が培われました。今回はリフォームだったので、現状の劣化状況に応じて補強する策を考えました。さらに、部材のロストルを特注し、試作品を持ち込んでは耐熱実験を繰り返し、ようやく板長の要望に叶う焼き台が完成しました。店の前に並ぶお客さんの長蛇の列をみると自分の手柄のようで嬉しいですね」と語ってくれました。